種牡馬が繁殖入りをすると初年度の種付け料が設定されます。価格の決定要因は複数ありますが、もっとも影響を及ぼすのは現役時代の競走実績。参考資料の少ないなか期待を込められ価格が設定されるのですが、高額になる馬はどのような傾向があるのか探っていきます。
種付け料は変動の大きい金融商品
繁殖牝馬を有する生産牧場が希望する種牡馬と配合する場合には、種付権利(ノミネーション)が必要です。権利を所有していなければ仲介会社などを通じて購入します。権利価格(種付け料)は繁殖シーズン前に決定されます。
需要と供給
種付け料の決定には需要と供給のバランスが大きく影響します。
種牡馬の権利を有する供給側は、高額な種付け料で多くの繁殖牝馬と配合できれば経済的に潤います。1シーズンの種付け回数に限度があることから、できるなら種付け料をアップしたいと考えています。
繁殖牝馬を有する需要側の生産牧場は、セールなどで幼駒を売却します。利益をあげるにはコスト(種付け料)は安いほうがいい。
種牡馬側は高値を望み、繁殖牝馬側は安値を望む
どんな馬がセールで高く売れるのか
競馬関係者がもっとも勝利を欲すタイトルはダービーです。日本のレース体系もダービーを中心に構成されています。
ダービーは3歳春に東京競馬場芝2400mの条件で開催されます。勝利には、3歳春に間に合う早熟性と長距離とされる2400mをこなせるスタミナと操縦性(気性)が求められます。つまり、これらを兼ね備えた種牡馬は需要が高く、セールでも人気となりやすいです。ダービー馬を輩出すれば、なおさらのことです。
誰しもダービーを勝ちたい。ダービーこそ競馬の最高峰。
初年度の種付け料一覧
有名馬の初年度の種付け料をみていきます。中央競馬の登録馬で、2004年以降に種牡馬入りした馬が対象です。まずは300万円以上に設定された馬たちです。
種付け料 | 馬名 | G1 勝利数 |
活躍条件 | 3歳春 OP実績 |
牧場 |
---|---|---|---|---|---|
1200万 | ディープインパクト | 7 | クラシック | 社台SS | |
600万 | オルフェーヴル | 6 | クラシック | 社台SS | |
600万 | レイデオロ | 2 | クラシック | 社台SS | |
500万 | キタサンブラック | 7 | クラシック | 社台SS | |
500万 | ロードカナロア | 6 | 短距離 | 社台SS | |
500万 | ハーツクライ | 2 | クラシック | 社台SS | |
500万 | ダイワメジャー | 5 | ミドル | 社台SS | |
500万 | アドマイヤムーン | 3 | ミドル | ダーレーJ | |
400万 | モーリス | 6 | ミドル | × | 社台SS |
400万 | ゼンノロブロイ | 3 | クラシック | 社台SS | |
400万 | ドゥラメンテ | 2 | クラシック | 社台SS | |
350万 | ヴィクトワールピサ | 3 | クラシック | 社台SS | |
350万 | ジャスタウェイ | 3 | ミドル | 社台SS | |
300万 | ゴールドシップ | 6 | クラシック | ビッグレッドF | |
300万 | サトノダイヤモンド | 2 | クラシック | 社台SS | |
300万 | エイシンヒカリ | 2 | ミドル | × | レックスS |
新種牡馬の上限価格帯
表からはディープインパクトが例外的な存在であることがわかります。新種牡馬の上限としてはオルフェーヴルらの600万が適当といえます。400万円は相当に期待されていると判断しているいいレベル。それ以下になると実績が劣ったり、血統や気性や懸念が見えてきます。
タイトル数が多ければ評価も高い
現役時代の実績に応じて高低が決まるのは当然の話です。G1勝利数が多いほど高額となり、5勝で500万円前後が相場のようです。
表中ゴールドシップの種付け料が低く感じるのは繋養牧場が社台SSではないこと(後述)や、かなり荒い気性や血統に懸念をもたれたと想像します。反対にG1勝利が少ないながら高額に設定されたレイデオロやハーツクライは、期待値がとても高いといえるでしょう。
開催地によるG1評価
G1には中央競馬以外のタイトルも含みます。評価はおおまかに
といった感じです。日本よりレベルが落ちる香港G1はやや割引の印象。
モーリスはG1勝利の半分が香港での勝ち鞍なのでプライスダウン。国内G1未勝利のエイシンヒカリが高額なのはフランスのG1を制しているのがやはり大きいです。ただ欧州の馬場は日本と大きく異なるため、ブランドの意味合いが強い印象です。
ダービーを勝つために必要な早熟性
表中の多くの馬が3歳春の時点でオープンクラスの実績があります。晩成型の馬は明らかにマイナス評価です。春のクラシックに間に合わないことはもちろん、ビジネスとしても資金の回収が遅れるからです。
自身が晩成型だった種牡馬は、産駒の晩成が懸念されます。そのため初年度産駒は全体的に早い時期にデビューし、懸念の払しょくをはかります。
2歳G1の評価
2歳G1のタイトルは早熟性の証明には有効ですが、必ずしも能力の高さの証明とはなりません。まだ素質馬が揃っていない時期の競争だからです。
ただ近年は新馬のデビュー時期が早くなり、2歳重賞も増えてきています。今後は欧米のように2歳G1の価値を高くしたいJRAの意向を感じます。
トップ種牡馬を多く抱える社台SS
日本競馬界のガリバーである社台グループの社台スタリオンステーション(社台)についても触れておきます。表をみても分かるように高額馬の多くは社台SSで繋養されています。
生まれ故郷に帰る競走馬
競走馬は生まれた牧場に繁殖として帰ることが通例です。現在の中央競馬は、ノーザンファームを筆頭に社台系の牧場で生まれた馬が活躍馬の大勢を占めるので、必然的にトップホースが種牡馬となって戻ってきます。
質の高い繁殖牝馬
同じく競走実績を残した牝馬も繁殖牝馬として牧場に帰ります。社台系の牧場にはそれら多くの実績馬だけでなく、良血馬さらには海外から輸入した繁殖牝馬が加わります。
社台SSの種牡馬は、こうした牝馬たちと優先的に配合されます。さらに豊かな人材に設備も整い、種牡馬として申し分のない環境にあります。
社台SSでの種牡馬入りがもっとも成功に近い道
見切りも早い
ただ、社台SSで種牡馬入りできたからといって安泰ではありません。社台SSで繋養されているのは30頭程度で、結果の残せない種牡馬はブリーダーズスタリオンステーションなど、ほかの牧場に移動となります。
新種牡馬はすでに実績ある先輩種牡馬たちと繁殖牝馬を巡る競走に晒され、それを勝ち残っていかなくてはいけません。
ダート馬の種付け料
次にダートで活躍した馬をみていきます。
種付け料 | 馬名 | G1 勝利数 |
活躍条件 | 3歳春 OP実績 |
牧場 |
---|---|---|---|---|---|
200万 | ゴールドアリュール | 4 | ダート | 社台SS | |
120万 | ホッコータルマエ | 10 | ダート | イーストS | |
80万 | コパノリッキー | 11 | ダート | ブリーダーズSS | |
70万 | エスポワールシチー | 9 | ダート | × | 優駿SS |
ダービーをはじめとして中央競馬の主要G1は芝コースで行われるので、ダートで活躍した馬の種付け料は全体として低めです。ただ中央競馬も約半数はダート競争ですし、地方競馬はほぼダートコースで開催されます。確かな需要が存在し、繁殖牝馬は集まります。
距離による評価の違い
距離のカテゴリごとに馬を抽出しました。
距離区分
クラシック(2000-2400m)
ミドル(1600-2000m)
短距離(1200-1600m)
マイル(1400-1600m)
スプリント(1000-1200m)
種付け料 | 馬名 | G1 勝利数 |
活躍条件 | 3歳春 OP実績 |
牧場 |
---|---|---|---|---|---|
250万 | キズナ | 1 | クラシック | 社台SS | |
250万 | エピファネイア | 2 | クラシック | 社台SS | |
250万 | ファインニードル | 2 | スプリント | × | ダーレーJ |
200万 | リアルスティール | 1 | ミドル | 社台SS | |
150万 | エイシンフラッシュ | 2 | クラシック | 社台SS | |
150万 | ディープブリランテ | 1 | クラシック | 社台SS | |
150万 | ミッキーアイル | 2 | マイル | 社台SS | |
150万 | キンシャサノキセキ | 2 | スプリント | 社台SS | |
100万 | サトノアラジン | 1 | マイル | × | 社台SS |
100万 | ビッグアーサー | 1 | スプリント | × | アローS |
80万 | ロゴタイプ | 3 | ミドル | 社台SS | |
80万 | リアルインパクト | 2 | マイル | 社台SS | |
80万 | レッドファルクス | 2 | スプリント | × | 社台SS |
70万 | レインボーライン | 1 | ステイヤー | 優駿SS |
中央競馬の主要G1は2000mから2500mの距離で行われるので、このカテゴリがもっとも層が厚くハイレベルになります。短い距離を走れないのではなく、走らない馬たちです。
マイラーとスプリンター
短距離馬に求められるのは圧倒した実績で、G1をひとつ勝った程度では種牡馬入りすら危ういです。高額を望むのであれば、ロードカナロアのように国内無双の実績が求められます。マイルとスプリントでは距離の長いマイルのほうが評価が高いです。距離がもてば出走できるレースの選択肢がひろがります。以上を考えると、ファインニードルの250万は、かなり強気の設定に映ります。
ステイヤー
2500m以上を得意とするステイヤーはスピード不足が懸念され、マイナス要因です。日本では長距離レースは減り、世界的にも主要競争の距離短縮傾向があるので仕方ないところです。
最後に
種付け価格の決定には競争成績以外にも複数の要因があります。そのときの経済情勢や血統、馬のポテンシャルなどを鑑み、総合的に決められます。
初年度の種付け料はあくまで期待度の表れであり、スクリーンヒーローやブラックタイドのように社台SS以外、低価格のスタートでも実績を残せば種付け料も上昇していきます。
競争成績に比して高めの種付け料が設定された時には、その背景がどこにあるのか探ってみるとおもしろいですよ。